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とりあえず一歩

なにかはじめよう、と思ったので、ブログをつくった。

ブログをやるのなんて、何年ぶりのことだろう。

8年?10年?くらい前までは、mixiもやっていたし、ブログも持っていたし、ホームページだって、タグを検索してはポチポチと手打ちして作っていたはずなのに、ツイッターが流行りはじめてから、わたしのアウトプット方法は一変したように思う。

友達も知り合いもすっかりツイッター上でのやりとりや付き合いが多くなって、そのうちラインが出来て、いまやほとんどがリアルタイム、オンライン更新で言葉が流れていく。(フェイスブックは登録はしているものの、あまり活用してはいない)

 

ツイッターをはじめてからも8年くらい?

気づくのが遅かったのだけれど、最近のわたしは、ちょっとした思うことや、考えていることを、うまく書き出すことができなくなった。

ツイッターで呟いたことにファボ(いまはいいねだけど)がつかないことに一喜一憂したり、いまのタイムラインはこういう話題じゃないからこの話はやめとこうなんて変な気をつかってみたり、相互フォローの重さにめんどうになったり、リプライが来たらすぐに返さなきゃと妙に焦ったり。

次第に、自分のホームは「仕事つかれたなあ」なんていうしょうもない独り言と、仲の良い友人へのリプライばかりになっていてた。

もちろん、盛り上がっているタイムラインに乗っかって、友人や、まだ知り合いくらいの関係だけれど好きな人たちとわいわいするのは、すごく楽しい。

話題の内容だって、わたしの大好きなもののことだ。

好きな話題を好きな人たちと、リアルタイムで、チャットのようなごくクローズドな場所ではなく他の人も見ることが出来て、ときには見る側になって、わいわい話す楽しさは、きっとツイッターでなければ叶わない。

でも、もう少し考えを練ってから出したいのにとか、140文字にうまく収まらないとか(なるべくおさめたい欲)、気づけば他の人によって違う方向に持って行かれていたりとか、そういうもどかしさの積み重ねがもうかなりある。

ログインをして、お気に入りのフォロワーをまとめた非公開リストをざっと見て、そのまま閉じることも多くなった。

つながっている人たちに不満なんてひとつもない。(これはさすがにうそだ。ひとつやふたつやみっつやよっつはある)

しかしとにかく、疲れてしまった。

 

こうして字数を気にせずに文字を打っていて、ああ、文章を書けるのかと思った。

わたしは、140文字では到底収まらない、何万字にも及ぶ文章を書くことを、この5年ほど続けていた。

けれど最近になって書けなくなった。一文字も書けずに、逃げだしている最中なのだ。140文字じゃあ足りないと思っていたはずなのに、一文字も打てないでいる。わけが分からない。

それでも、いまこうして取りとめの無いことを気の赴くまま書いていて、楽しい。

楽しいと感じられたことに、涙が出そうだ。

 

書きたいことがたくさんある。

それは誰かの役に立つものでも、世界を激変させるようなことでもないけれど、書きたいことがあるのだというだけで、こうして書くことができると分かっただけでも、ブログをつくった甲斐があった。